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出産レポートvol.8
産まれてから後の処置の順序はよく覚えていなくて。
お腹の上に乗せてもらって、ご対面。
バスタオルに包んでもらってパパ抱っこ。
そして、計測兼パパ独占撮影会(だから鮮血に濡れて暴れまくるぽよの写真があったり)。
こんなことをしている間、私の方は後産+縫合。
お腹をべこべこ押されて中のものが出て行く様はちょっと言葉にしにくいかも。

そして、実は、最初にぽよを見た時、「ぶっさいく……」とか思ってしまった(汗)←ひどい親。
だって、目はぱっちり開いてたにも関わらず、ほっそくて一重だし。頭が尖って(←ぽよが頑張って出て来た証拠です!)おでこもしわしわでなんだか年寄りみたいだし。
すっごく心配したんだけど、後から写真を見てみると可愛いんだから不思議。

さて、処置も一通り終わって念願のカンガルーケア。
お腹(というか胸)の上にぽよを乗せてもらう。さっきまでお腹の中にいたはずなのに、ずっしりと重たかった。
ぽよはさっそくおっぱいを探していたらしく、私の胸をぺろぺろぺたぺた。ぜんっぜん見当違いのところをぺろぺろやってたけど、そのうちに乳首の方へ……と思いきや、行き過ぎる(笑)
結局、少し後で助産師さんに吸わせてもらうまで、自力ではありつけず。
でもいざ食いつくと、思いがけない強さでちゅっぱちゅっぱ。
助産師さんが言うには、赤ちゃんは出産の疲れで、2時間後には眠ってしまうらしい。だから、初乳はこのタイミングでしか飲ませてあげられないのだそうな。

そうして、カンガルーケアの時間も過ぎ、ぽよは新生児室へと連れて行かれてしまった。
時間を見れば、6時前。思わず「もう夜が明けるんですね」と言えば、助産師さんが窓を開けてくれた。まだ日は昇っていないようだったけど、空はすっかり白んでいた。

ああ、終わったんだな、とその時感じた。
陣痛の来ない苦しさを知っていたから、二晩の陣痛に耐えられたと思う。
側に誰かがついてくれることの心強さを知ったから、今も笑っていられるんだと思う。
元気に産まれて来てくれた娘に誇りを。支えてくれた人たちに感謝を。

寒い日が続いていた当地ではこの日、急に気温が上がって桜の花が一斉に開いた。


―――
以上で出産レポート終わりです。長々と付き合って下さった皆様、本当にありがとうございました(照)
今、このブログでぽよの成長を見守って下さる皆様にも、心からの感謝を。
sinseiji.jpg

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【2005/09/07 20:17 】
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出産レポートvol.7
さて、いよいよ体勢も整い、いきむことに。
「手は横に引き上げて、足はそのままつっぱって、頭はおへそを覗くように、お尻はまっすぐ突き出して! 息は止めて、声は出さないよっ!」

ええと、四カ所も意識するとこあるんですか??
と戸惑いつつも、何せ陣痛感覚は5分のまま。シミュレートする時間は十分にあったわけで、我ながら結構上手にいきめたかな、と思っていると。

「はい、そこで息を吸ってもう一回!」
……へ?
完全に油断していたさくら、もう一度いきめるはすもなく、あえなく失敗。

「出たりひっこんだりするから一回じゃなかなか進まない。息継ぎして二回いきんで!」
なるほど、でももうちょっと早く言って下さい(涙)

さて、二度目の陣痛で。
言われた通り、いきんで、さあ、息継ぎ! と思ったらまたまた失敗。
教訓。
ぎりぎりまで頑張ってはいけません。余裕のあるうちに息継ぎしましょう(何)

そうして三度目の正直。
今度は息継ぎ入れて2回いきむのに成功。
「うん、うまいね」とほめてもらう。

そして、この時だったかその次だったかな?
いきみおわったら、ものすごい痛みがきた。文字通り、身体が引き裂かれるような感じの。
もう陣痛なんてメじゃない。きっとお産の痛みっていうのはこれを指してるんだな、と妙に納得。
「今、頭ひっかかってるから痛いわよ」
身をよじって暴れたいのをなんとか我慢していると、再び陣痛の波が。よっしゃ、と思っていると。
「次の陣痛はいい陣痛じゃないから(この期に及んでも2回に1回は弱い陣痛しかこなかった)逃して」
そんな、殺生な!
「でも痛いです……」と言うと。「じゃあ、いきめるならいきんで」
意地になっていきんだら、かなり楽になった。

そして。
「次で産むよ」と助産師さん。「いける?」とは横にいた助産師さん。「これで産んでもらわなきゃ困る」←強気だよ、助産師さん……
そんなこと言われても、まだぽよはお腹を蹴っていて、全然実感のわかないさくら。
「次は長めにいきんで」
とりあえず、言われた通りに、長めにいきむ。自分でもびっくりするくらい息が続いたような気がする(とはいっても体感時間だから何とも)。まだまだいけそうだったけど、余裕があるうちに、と息継ぎして二度目をいきもうとすると。
「頭出たよ! 短いのに呼吸法切り替えて!」
と横にいた助産師さんに止められる。

嘘ーん、とか思いつつも言われた通りに、短い呼吸に切り替える。
言われて見れば、足の方でドクターがチューブを持っているのが見えた。
しばらく後に、ずるりと身体が引き抜かれる感触があって、その数秒後。
ぽよが産声を上げた。
びっくりするくらい、大きな声で。
ええっ、こんな大きな声で泣くの!? と嬉しかったのは嬉しかったけど、少し先が思いやられる気分になったのは内緒(え?)
【2005/09/02 12:26 】
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出産レポートvol.6
さて、陣痛の合間に眠ったところで、劇的に回復するわけもなく、特に筋肉痛が良くはるはずもなく。ついに、逃せないくらいの痛みに襲われて、我慢できずにかなりみっともなく呻いた……気がする。
見かねたダンナが、「呼ぶか?」とナースコールを指したくらい。
モニタを見ていたけど、特に強い波がきたわけではない。いよいよ限界か、と絶望的な気分になった。

時間は夜中の3時半過ぎ。草木も眠る丑三つ時(はちょっと過ぎたか)。痛みに耐えられずに押すなんて、これだけは絶対にするまいと思っていたのに、とすごく情けない気分でナースコールを押した。
駆けつけてくれた助産師さん。「どうしたの?」と聞かれて「痛いです……」と。この時は本当に情けなさMAXだった。
けれど、助産師さん、「診よか」と優しく言ってくれ……
「あれ? いつの間にか破水してるわ。いつしたん?」
わかりません(爆)
「破水したら陣痛が直に来るからねぇ、痛いよ」だそうで。

その後も眠りながら、だったけれど、破水してしまえば後は早かった。
ものの10分くらいで、
「3時48分(だったかな? 微妙に覚えてないや)子宮口全開大です」と。

私がお世話になっていた産院はLDR式で、陣痛室がそのまま分娩室になる。足カバーをつけてもらったり、ベッドが分娩台に変わって行くのを待っている間、やっぱり眠る(またか)
しばらくして目を覚ますと、誰もいなかった。
そういえば助産師さんはドクターや他の助産師さんを呼びに行ったな……と寝ぼけた頭で思い出し。
「なんか待ってる間にやっきなさいって言われたことなかったっけ?←寝ぼけてます」とダンナに聞くも、「いいや」
当然です。私の聞いてることが意味不明です。
そして、再び眠る。
いつ、助産師さんやドクターが来てくれたのか、覚えていない。
覚えているのは、仮眠中に叩き起こされたに違いないドクターが、はさみを手に立ったまま寝ていたことぐらい。一番眠い時間にごめんなさい。
【2005/08/31 20:27 】
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出産レポートvol.5
さて、なかなかお産が進まないというのに、ぽよは相変わらず分娩監視装置のセンサーをぼんぼん蹴ってた。そして、時には外してしまうことも。
「さくらさん、陣痛止まった?」
と助産師さんが血相変えて飛んで来た時にも、やっぱりぽよが蹴飛ばして外してた。
楽しいのか嫌がってるのかはわからないけど、こっちとして「そんなもんで遊んでないでさっさと出て来てよ」な気分になったのは事実。

同じこと(陣痛逃がし)ばかりで飽きて来ていたというのもあるし、一回ごとに疲労がたまって行くのもはっきり自覚していたし。腹筋はすっかり筋肉痛で、陣痛を逃がすのもしんどくなってきていたし、陣痛の来ない時にもぴりぴり痛むし。子宮口は開かないし。

だんだんお腹も重たくなってきて、ナースコールを押して「いきみたいです……」と言っては、「まだやね」「もうちょっと」と言われるのを、たぶん、2時間くらいは繰り返したと思う。
最後には助産師さんに「さくらさん、もういいよ。ちょっとくらいいきんでも。ここまで辛抱強い人の方が珍しいよ。呼吸法知らない人は遠慮なくいきんでるけど、それでもちゃんと産んでるんだから」と言われてしまう。
それで、練習も兼ねて、といきませてもらったけど、はっきり言って、いきんだ方が痛かった(自爆)
でも、今更「やっぱりいいです」とは言えず、数回いきむ。これで子宮口8センチ。
「破水さえすれば進むんだけどねぇ……」
と助産師さん。

気分としては「今日はここまでにして、続きは明日にしよう」と言いたい気持ちでいっぱいだった。
もちろん、そんなことができるはずがないのは最初から頭でわかっていたけれど、ここまで身体で思い知ったのは初めてだと思う。
言葉にすると本当に単純なことなんだけれど。

誰も私の代わりにこの子を産んでくれない。
もう後に引くことはできない。
この子を産んでしまうより他はない。

こういうことを、本当に肌で感じた。
だから勇気づけられたとか、開き直ったとか、絶望したとか、そんなんじゃなくて、ただ事実として思い知っただけ。「事実」というものは、ただ「在る」だけでここまで重たいものだと、多分、初めて知った。

さて、助産師さんは「破水したら呼んでね」と戻ってしまったけれど、破水の感覚なんてわかるわけもなく。
何度も間違いとか、他の用件で呼んでしまった。その度に「破水した?」「破水じゃないんですけど……」とまぬけなやりとりを。

そんなことを繰り返している間に、今度はどうしようもない眠気に襲われた。陣痛間隔はまた徐々に伸びてきて5分。
とろとろしてきたさくらに、助産師さんは「眠れるなら寝なさい。陣痛間隔が1、2分になったらとても寝てられないよ」
曰く、「そうなる前に、神様が5分の眠気をくれる。それが最後の恵み。これをものにできるかどうかで違ってくる」そうな。

けれど、ぽよ大明神は実に気前良く、私に「最後の恵み」を何十回と与えてくれた。
いつしか、意識は遠くなり、陣痛にまた引き戻され、波が引くとまたいつの間にか眠り込み……を延々と繰り返していた。
【2005/08/28 22:17 】
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出産レポートvol.4
家に帰って来たところで、すぐに散歩に出るわけでもなく、テレビ見て、昼ご飯を食べて、お風呂に入って……とついのんびり過ごす。
やっぱり一晩ほとんど眠れなかったので、お風呂に入ると眠気が湧いて来て、湯船の中でうとうと→陣痛で目が覚める、を数度繰り返し。
あまりの眠たさに、お風呂上がってから一度横になるも、その頃には陣痛がまた強くなってきて眠れなくなってきていた。

この頃仕事が暇になってきていたダンナが休みをとってくれていて、付き合ってもらい、産院方面目指して散歩へ。
この時既に、歩いていれば陣痛間隔が2分になっていた。時々、立ったまましのぐのが辛いくらいの痛みも来て、普段なら15分程で歩ける産院に、40分かけてたどり着く。
私は「もう一往復」的な気分だったけれど、ダンナに「見てられない」と言われ、迷いに迷った上で、診察を受ける。
したら、「よし、入院しよう。5、6センチ開いてるよ」と言われて、今朝まで入っていた病室に凱旋(ちょっと違う)。これが確か3時くらい。

すぐに分娩監視装置もつけてもらって、助産師さんにも「いい陣痛来てるね」「お母さんの体格に比べて赤ちゃんは小ぶりちゃんだから絶対に安産だよ」と言われる。

この時は、陣痛が来るのが涙が出るほど嬉しかった。陣痛の来ない苦しみに比べれば、陣痛の痛みなんて大したことないと思っていた。
実際、呼吸法も習っていたから、陣痛を逃すのはさほど難しくはなかった。

けれど、夕方になるにつれ、またまた陣痛間隔が空いてきた。
少し歩き回りたいと思ったけれど、何せお腹には分娩監視装置がついたまま。ぽよはそれがイヤなのか珍しいのか、中からぼんぼん蹴ってるし(実はこの頃は陣痛よりもぽよキックの方が逃がせない分、よっぽど痛かった)。今思えば「歩きたいです」と言えばよかったのかもしれないけれど。

心配になってきたさくらに、助産師さんも、覗きに来てくれた院長先生も優しかった。
「だいじょうぶよ、陣痛遠のいても何も心配いらないからね」←助産師さん
「だいじょうぶよ、さくらさん。初産婦さんだと2日3日かかる人もいるからね」←院長先生
あの……。それは、安心していいのか、げんなりしていいのか、微妙にわからないんですけど……。

けれど、やっぱり子宮口は6、7センチから先はなかなか開かなかった。
日が暮れても、やっぱり変わらず。
途中、横になったり、ベッドの上に座ってあぐらをかいたり、助産師さんが持って来てくれたロッキングチェアに揺られたりしていたけれど、一向に進まない。
そのうちに熱も出て来て、点滴の落ちるスピードを早くされたりしても(これは関係ないか)、全然進まない。

そのうちに、奇妙なことに気付いた。陣痛が必ず2回に1回、中途半端にしか来ない。強い陣痛が来たと思ったら、必ず次の陣痛は弱くしか来ない。助産師さんによると、子宮口を開く力があるのは、強い陣痛の時だけ。だから、陣痛が2分間隔になっていた時も、実質はまだ5分間隔だったようなものらしい。これじゃ、進むものも進まない。

夜の10時頃、どこか他の病室から産声が聞こえた。ロッキングチェアに揺られながら、おめでとうとダンナと2人呟いた。

「疲れてくると微弱(陣痛)になるよ」と助産師さんに言われていたけど、まさにその通りで、分娩監視装置のモニタに映る波も、だんだん穏やかになってきていた。
逆に、さくらの方は、陣痛逃しの腹式呼吸がジャブのようにじわじわときき始め、すっかり腹筋が筋肉痛になっていた。

陣痛が弱くなってきているのに、それに対処する自分の体力が削られて行っているのが、目に見えてわかってしまう。子宮口は一向に開かない。このままじゃ、いつか耐えられなくなるのか、そう思うとぞっとした。
【2005/08/26 11:29 】
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